おととい ( 2019年9月23日 )志鷹美紗さんのピアノリサイタル ( 東京公演 )に行ってきました。志鷹美紗さんのピアノリサイタルに行くのは、昨年に続いて2度目でした。
会場は新宿区西新宿にある〔 東京オペラシティ リサイタルホール 〕。最寄り駅の初台駅で電車から降りたら駅構内の通路の壁に楽譜が描かれていて、気持ちが高揚しました。東京オペラシティーには初めて行きましたが、良いところですね。隣りには新国立劇場もあり、周辺を散歩していたら優雅な気分になりました。




今年も前の方の席で志鷹さんの演奏を聴きたいと思い、開場時刻よりもかなり早めに会場に向かったのですが、僕が着いた時はすでにたくさんの方が並んでいました。


今回のリサイタルの曲目は、前半が ドビュッシー作曲 『 ベルガマスク組曲 』と ベートーヴェン作曲 『 ピアノソナタ 第8番「 悲愴 」』。後半が ショパン作曲 『 12の練習曲 Op-10 』全曲 でした。


いよいよ開演間近になると会場内は静まり返り、緊張感に包まれました。
そして、志鷹さん登場。青いドレスに身を包んだ志鷹さんからは『 気高い 』という表現がぴったりの雰囲気が漂っていました。志鷹さんはステージの中央で会釈をした後、椅子に座り、数秒間の黙考の後、演奏を始めました。
以下、それぞれの演奏曲目について感想などを書きたいと思います。
◇ ドビュッシー:ベルガマスク組曲
ドビュッシー といえば、志鷹さんは過去のリサイタルなどで何度か『 月の光 』を演奏されていますね。今回のリサイタルでは、この 『 月の光 』 を含む、ベルガマスク組曲の全曲を演奏されました。
第1曲の「 前奏曲 」は、演奏内容もさることながら、志鷹さんの細かく繊細な指運びに感銘を受けました。
第2曲の 「 メヌエット 」 は、全体的に洗練された美しさを感じる演奏でした。
第3曲の 「 月の光 」は、とても繊細なメロディーと絶妙な間合いで、幻想的な世界に引き込まれました。
第4曲の「 パスピエ 」は、規則的な躍動感やリズム感が素晴らしかったです。
◇ ベートーヴェン:ピアノソナタ 第8番「 悲愴 」
昨年のリサイタルに引き続き、今回も志鷹さんは演奏曲目のひとつにベートーヴェンのピアノソナタを選びました。( 昨年は 第14番 『 月光 』を演奏されました。)
リサイタルのプログラムに掲載されていた、鹿瀬島夏子さんによる『 悲愴 』の解説を引用します。
悲愴とは「 悲しく痛ましいこと。また、そのさま 」 である。「 ベートーヴェンの生涯 」 を著したフランスの作家 ロマン・ロランは、この曲には悪化し始めていた難聴への不安が表れていると考えた。 ベートーヴェンはこの曲を作曲していた頃から、難聴が悪化し始めていたと手紙で告白している。( 中略 ) ロマン・ロランはこの曲の中に、作曲家としての未来に不安を感じるベートーヴェンの悲痛な叫びを聞いた。
次に、『 音楽の友 』の最新号( 2019年10月号 )から引用します。【 ベートーヴェン的な あまりにベートーヴェン的な 】という連載記事の中で、ロシアのピアニスト イリーナ・メジューエワ さんが、「 ベートーヴェン作品を演奏するときに心がけていることはありますか? 」 という質問などに対して、次のようにコメントされています。
ベートーヴェンは、作曲家の中でも最も演奏するのが難しい作曲家だと思います。彼は自分の人生と作品との関わりが深い作曲家なので、日々考えていることが曲に表れています。
ベートーヴェンは理想が高い人ですから、弾く側も理想を高く保ち、常に自分を磨かないと弾けません。
ベートーヴェンの曲を演奏するには、精神性と高い演奏技術が必要です。
リサイタルが始まる前にプログラムで鹿瀬島夏子さんの上記の解説を読み、イリーナ・メジューエワさんのこれらのコメントを思い出しながら、志鷹さんが今回ベートーヴェンの『 悲愴 』を選曲した思いを想像しました。
ベートーヴェンのピアノソナタはよく知られている曲が多いので、リサイタルで聴衆の心に響く演奏をするにはピアニストの力量が問われると思いますが、志鷹さんは今年( 2019年 )のリサイタルを含めてここ数年、以下のように毎年リサイタルでベートーヴェンのピアノソナタを演奏されています( 過去のリサイタルのプログラムなどで確認 )。ピアニストとしての志鷹さんのプロ意識の高さを感じます。
・2015年 ⇒ 第23番「 熱情 」
・2016年 ⇒ 第17番「 テンペスト」・第21番「ワルトシュタイン」
・2017年 ⇒ 第23番「 熱情 」
・2018年 ⇒ 第14番「 月光 」
・2019年 ⇒ 第08番「 悲愴 」
また、志鷹さんがリリースされている4枚のソロアルバムのうち、4枚目のアルバムは「 BEETHOVEN APPASSIONATA 」という、ベートーヴェンの曲だけを収録した作品です。( 詳細は 2019年9月14日 のブログ に書きました。)
これらのことからも、志鷹さんにとって ベートーヴェン は演奏活動の中心に位置づけている特別な作曲家のひとりだということが伺えますね。
ベートーヴェンはショパンと共に僕が特に好きな作曲家なので、志鷹さんの演奏でベートーヴェンの曲が聴けるのはとてもうれしいです。
鹿瀬島夏子さんの解説によれば、ベートーヴェン が作曲したピアノソナタの中で、ベートーヴェン自身が標題をつけた唯一の作品が、この第8番の『 悲愴 』と第26番の『 告別 』だそうです。
この日のリサイタルで志鷹さんが演奏された 『 悲愴 』は、第1楽章では激しさをともなった悲しみ、第2楽章では悲しみを突き抜けた先にある光のような存在、第3楽章では特に終盤から曲の終わりにかけて苦しみに立ち向かおうとする強い情熱が表現されていたように感じました。とても素晴らしい演奏でした。ベートーヴェンの感情が演奏から伝わってくるようでした。
この曲は『 悲愴 』と訳されていますが、悲しみや不安、葛藤などを表現して終わるのではなく、どんなに苦しくても最後は自分の運命を受け入れて自分の道を切り開いていこうとする ベートーヴェン の強い情熱が感じられる曲だと思います。実にベートーヴェンらしい、強い精神性を感じる曲です。
この曲についても様々な解釈があると思いますが、ベートーヴェンの個人的な苦悩を表現しているだけでなく、誰の人生にも訪れるであろう「 人生の様々な場面で直面する苦悩 」と、その苦悩に揺れ動く人間の感情そのものを表現している、という見方もできるかもしれません。そして、第3楽章まで聴き終えた時、自分が直面している苦悩を受け入れる勇気と、そこから強く踏み出す力を得られるかもしれません。
この『 悲愴 』は以前から好きでしたが、志鷹さんの演奏を聴いて、もっと好きになりました。
今回のリサイタルで 『 悲愴 』 が聴けたので、これで志鷹さんが演奏する ベートーヴェン の3大ソナタ 『 悲愴 』・『 月光 』・『 熱情 』 はすべて聴けたことになりますが( 『 熱情 』 のみは CD と You Tube )、志鷹さんは ベートーヴェン の演奏者としても唯一無二の偉才のピアニストであるという思いがさらに強まりました。
◇ ショパン:12の練習曲 Op – 10 全曲
休憩を挟んでリサイタルの後半がスタート。志鷹さんは赤いドレスに着替えてステージに登場されました。後半の曲として志鷹さんが選んだのは、ショパン作曲『 12の練習曲 Op – 10 』全曲 でした。
ショパンの練習曲については 2019年6月23日のブログ にも書きましたが、今日は「 ショパンの練習曲は演奏するのがいかに難しいか。」という視点で少し書いてみたいと思います。
僕は音楽について専門的な教育を受けていませんし、ピアノも少ししか弾けないので、ショパンの練習曲の難しさは想像で語ることしかできないのですが、ショパンの練習曲は「 ピアノ上級者がさらなる超絶技巧を身につけるための練習曲 」であり、技術的な難度でいえば最高峰に位置するのではないかと思います。
手首と腕の相当の柔軟さ、指の持久力、 最後まで弾き切る精神力と集中力と強靭さなど、多くのものが求められるので、ショパンの練習曲のすべてを弾きこなせるレベルまで到達できる人は本当にごくわずかだと思います。
今回のリサイタルで志鷹さんが選曲された 『 12の練習曲 Op – 10 』 も難しい曲ばかり。特に 10-1 と 10-2 は 技術的には難曲中の難曲ではないかと思います。
そして、ショパンの練習曲が超絶技巧を身につけるための練習曲 であるだけでなく、音楽的な表現力を養う目的にも重きが置かれていることは言うまでもありません。
音楽的にも技術的にも大変高度な曲に対応できる力を身につけるための練習曲も数多く残したショパンの偉大さは、語っても語りきれないですね。
自分の残りの生涯で志鷹さんの生演奏をあと何回聴けるのだろうと想像すると、1回1回のリサイタルがとても貴重なのですが、今回の志鷹さんのリサイタルでショパンの練習曲が聴けることを知ったとき、とても感激しました。
今回の東京公演の2週間ほど前に志鷹さんが FM 廿日市( はつかいち) のラジオ番組 『 キラキラ☆アートBOX 』に電話出演された際、この 『 12の練習曲 Op – 10 』 を全曲演奏することについて、志鷹さんは次のように話されていました。( 詳細は 2019年9月16日 のブログ をご覧ください。)
テクニック的に難しいというのもありますし、ショパンの練習曲は指の練習のための曲、ということだけでなく、1曲1曲が芸術的な作品で名曲ばかりなので、12曲の練習曲をすべて弾き終えた時にひとつの物語が完結するような、旅が終わっていくような感じで演奏できたらいいなと思っています。
ショパンの練習曲は志鷹さんがおっしゃるように、1曲1曲が芸術的な作品で名曲ばかりなので、『 別れの曲 』『 革命 』などは堅固で独立した人気と支持を得ていますが、それらの1曲1曲はすべて『 12の練習曲 Op – 10 』という作品の中のひとつの曲であるという認識に立って 12曲すべてを続けて聴くと、一味も二味も違う鑑賞ができると思います。ですので、志鷹さんが『 12の練習曲 Op – 10 』を物語や旅にたとえたのは、とても意味深いと思いました。
今回のリサイタルにおける志鷹さんのこの練習曲の演奏は、超高度な技術に裏打ちされた芸術的表現といい、旋律の美しさといい、とても素晴らしい演奏でした。志鷹さんが最後の12番目の曲である『 革命 』の演奏を終えた瞬間は、まさにひとつの崇高な芸術の物語が完結したような、美しい音楽の旅が輝かしい終わりを迎えたような、深い感動を覚えました。
リサイタルは志鷹さんの生演奏を聴けるだけでなく、志鷹さんが実際に演奏する姿を見ることができる貴重な機会でもありますが、この 『 12の練習曲 Op – 10 』 を演奏しているときの志鷹さんの指使いや体全体の動き、ペダルの踏み方にも大変感銘を受けました。
志鷹さんが『 革命 』の演奏を終えて全プログラムが終了すると、会場からはあふれんばかりの拍手。志鷹さんは今回もアンコールに応え、3曲も演奏してくださいました。曲目は ショパン:『 ワルツ遺作 イ短調 』、リスト:『 超絶技巧練習曲 第1番 』、シューマン=リスト:『 献呈 』。
志鷹さんご本人から『 リストの超絶技巧練習曲 第1番 を演奏します。』という発表があったとき、僕の席の後方から「 おぉぉぉ!」というささやきが聞こえてきました。
そして、志鷹さんが最後の『 献呈 』の演奏を終えて、感動のうちにリサイタルは終了したのでした。
リサイタルの目的のひとつが『 ピアニストと聴衆が音楽の素晴らしさを共有すること 』であるならば、今回のリサイタルも、『 志鷹美紗 さんという最高のピアニストの演奏により音楽の素晴らしさが最高の形で共有されたリサイタル 』でした。
志鷹さんの演奏はすごく心に響きます。自然に涙がこぼれてきたり、温かいものに包まれたり、力をもらったり…。今年も志鷹さんのリサイタルに行けて本当によかったです。このブログを書いている今も、志鷹さんの演奏に出会えた幸せを強くかみしめています。
志鷹さんのリサイタルは今年も東京公演と広島公演の2公演。広島公演も間近に迫っています。↓
志鷹美紗 ピアノリサイタル 広島公演 詳細情報
チケット完売! 当日券発売の予定はないそうです。
☆日時 10月12日(土) ・開場:14:30 ・開演:15:00
☆会場 浜松ピアノ社3Fホール( 広島市 )
☆主催・問い合わせ
Tel : 080 – 1359 – 0925 ( 一般公開されている電話番号です。)
※上記のリンク先は中山みどり先生について書いた僕のブログです。
☆後援
僕は今回の広島公演には行けませんが、一度は絶対に行きたいと思っています。志鷹さんの故郷である広島を旅行しながら志鷹さんの広島公演に行くのが夢です。
最後に、志鷹さんの演奏による シューマン作曲・リスト編曲の『 献呈 』の You Tube 動画を共有して終えたいと思います。前述の通り、今回の東京公演のアンコールの最後に志鷹さんは 『 献呈 』 を演奏してくださったのですが、とても心にしみる演奏でした。涙を流している方々もいらっしゃいました。
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