夢の中のウエディング – リチャード・クレイダーマン

今日取り上げる曲は リチャード・クレイダーマン 作曲の『 夢の中のウエディング 』です。 リチャード・クレイダーマン は日本にも多くのファンを持ち、『 渚のアデリーヌ 』 『 秋のささやき 』 『 星空のピアニスト 』などがよく知られていますが、僕にとって最も特別な曲は、『 夢の中のウエディング 』 です。

それは僕が20代前半の頃のことでした。ある知人の家を訪問したときのことです。初めて訪れたそのお宅の居間にはアップライトピアノが置かれていました。

当時すでにピアノの音色が好きだった僕は知人の女性に「 どなたがピアノを弾くんですか?」と尋ねました。すると、彼女は「 娘が弾くんです。」と教えてくれました。

僕は思わず、「 娘さんのピアノ、聴いてみたいです。」 とリクエスト。すると彼女は2階にいた娘さんを呼んでくれました。

居間に入ってきた彼女を見て、僕は思わず息を飲みました。彼女が医療用のニット帽をかぶっていたからです。大量の頭髪が抜けてしまった頭を隠すためにニット帽をかぶっているのだということがすぐにわかりました。明るく挨拶してくれた彼女に僕も明るく挨拶を返しましたが、何かの重篤な病気を患っているに違いない彼女を見ながら、心がズキズキ痛むような感覚を覚えました。

彼女は椅子に座ると、滑らかな手つきでピアノを弾き始めました。僕にとっては初めて聴く曲でしたが、最初から最後まで悲しい旋律で、聴いていて切ない気持ちになりました。その曲を弾いている時の彼女の表情はとてもさみしそうに見えました。

演奏を終えると彼女は立ち上がり、ニコリと僕に会釈して、居間を出ていきました。僕は礼を言うだけで精一杯。普段の僕なら、気になる曲に出会ったらすぐにその曲の題名と作曲家を知ろうとするのですが、その時は彼女に尋ねることができませんでした。胸がいっぱいで、彼女に話しかけることができなかったのです。

知人の家を去った後も、彼女が弾いてくれたその曲のメロディーがずっと頭に残っていました。

その後、僕は当時住んでいた土地を離れ、その知人と会う機会もなくなり、彼女が弾いてくれたその曲について考える機会も次第に減っていきました。

ところが、その数年後、その曲にばったり再会します。『 愛のコンチェルト 』がきっかけで購入したリチャード・クレイダーマンのCDの中に、その曲が入っていたのです。「 あの時の曲だ!」 僕はすぐにブックレットでその曲の名前を確認して、その曲が『 夢の中のウエディング 』だと知りました。そして、その知人の娘さんのことを、まるで昨日のことのように鮮明に思い出しました。

それからの数日間、僕はずっと、ある事を考え続けました。それは、なぜ彼女があの時、僕の前でその曲を弾いたのかということです。人が誰かのために1曲だけ弾くとしたら、どんな曲を選ぶでしょうか。おそらく、自分が好きな曲や特に思い入れが深い曲、あるいは、その時の自分の心情に合った曲を選ぶという人が多いのではないでしょうか。

僕は思いました。「 彼女は当時、結婚したいぐらい好きな異性がいて、でも自分の病気のために彼との結婚をあきらめなければならなかったのではないだろうか。そのことによる深い悲しみを、『 夢の中のウエディング 』で表現していたのではないだろうか。」 と。

もちろんこれは僕の想像です。でも、もし僕の想像通りだとしたら、僕は彼女と似た境遇にある人間として、彼女の悲しみがすごくわかるのです。

また、僕の想像とは違い、彼女がその曲を弾いてくれたのは単にその曲が好きだったからだとしても、彼女があのとき弾いてくれた 『 夢の中のウエディング 』が僕にとって、今までもこれからも、特別な演奏のひとつであることに変わりはありません。

彼女が今もご健在かどうかを知るすべはありませんが、彼女といろいろ話してみたかったなと思います。

You Tube に 『 夢の中のウエディング 』 の演奏をアップしている方は数名いらっしゃいますが、ここでは will iams さんの 演奏を共有したいと思います。


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ピアノ愛好家。特に好きな作曲家はベートーヴェン、ショパン、ジョージ・ ウィンストン。ピアニストでは志鷹美紗さんの演奏が一番好きです。田舎暮らし。読書と動物と美術鑑賞も好き。