『 幻想曲風ソナタ( 月光 )第1楽章 』からすべては始まった。

プロフィール にも書きましたが、ピアノとの出会いのきっかけは、15歳の夏に聴いた、ベートーヴェン作曲の『 幻想曲風ソナタ( 月光 )』の第1楽章でした。この曲は僕にとって最も特別な曲です。

ブログを開設したら最初にこの曲を取り上げようと決めていましたので、予定通り、今夜取り上げようと思います。

この 『 幻想曲風ソナタ 』は一般的に『 月光 』 という曲名で知られていますが、この『 月光 』という曲名はベートーヴェンが名づけたものではないということをご存知のクラシック愛好家は多いと思います。 ベートーヴェン自身はこの曲を『 幻想曲風ソナタ 』 と呼んでいました。

『 月光 』という呼び名は、詩人 ルートヴィヒ・レルシュタープ が後にこの曲の第1楽章を聴いて「 あたかも、スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小船のごとく・・・」 と表現したことに端を発しているといわれています。

僕はこの曲の第1楽章を初めて聴いてからしばらくの間は、『 月光 』という曲名はベートーヴェンが名づけたものと思い込み、その曲名と第1楽章の悲しげなメロディーから、この曲に対しては夜の月をイメージしていました。

ただ、月の光自体は人間の喜怒哀楽に関係のない自然現象なので( 月は太陽の光を反射して輝いている )、ベートーヴェンがもし夜の月を眺めながらこの曲を作ったのだとしたら、自分自身の悲しみを月に投影してこの曲を作ったか、月を擬人化してこの曲を作ったのかなと、想像していました。

でも、この曲が第3楽章まであることを知り、第1楽章から第3楽章まで通して聴いたとき、「 おや?」と思いました。第1楽章・第2楽章とは対照的に、第3楽章はとても激しい曲調で、夜空に静かに佇む月のイメージからはかけ離れていると思ったからです。何かに対するベートーヴェンの激しい感情が表現されているように感じました。

そして、ベートーヴェンについての本を読み、この曲を『 月光 』と名づけたのはベートーヴェン自身ではないこと、そして、この曲はベートーヴェンにより、ある女性に献呈されたのだということを知りました。

彼女の名は、ジュリエッタ・グイッチャルディ。 1801 年にグイチャルディのピアノ指導を受け持つことになったベートーヴェンは、次第に彼女に思いを寄せるようになりました。ベートーヴェン は 1801年の11月に友人の フランツ・ベルハルト・ヴェーゲラーに宛てた手紙の中で、彼女と過ごす至福の時間を謳歌していること、彼女との結婚を望んでいること、でも身分の違いにより結婚できないこと、を書いています。

ベートーヴェンと彼女がどれぐらい親しい仲だったのかはわかりませんが、彼女との結婚を望むほどですから、ベートーヴェンは彼女のことをとても愛していたのでしょう。そして、彼女と結婚という形で結ばれない悲しみも痛切に味わったことと思います。

自分では抗うことのできない身分の違い、近くにいるのに遠い彼女の存在、彼女がいずれ他の男性の元に行ってしまうさみしさ・・・。実ることはないであろう恋に苦しみ、背中を丸めているベートーヴェンの姿が浮かんできます。

この曲を彼女に捧げたということは、ベートーヴェンは彼女に対する想いをこの曲で表現して彼女に伝えたのだろうかと想像しましたが、その事実はないようです。自分が作ったたくさんの曲の中で ベートーヴェン がなぜこの曲を彼女に捧げたのか、ということについては諸説あるようですが、確かなことはわかりません。

作曲家が曲を作る動機や経緯は様々だと思います。人生の苦悩だったり、自然の美しさに対する感動だったり、 何かに対する憧憬や希望だったり、 国家に対する怒りや失望だったり、恋の悩みだったり、人間関係の悩みだったり・・・。

何かの曲を好きになればなるほど、「 作曲家は何がきっかけで、どのような思いでこの曲を作曲したのだろう。」 という興味が強まります。作曲家たちがそれぞれの曲を作ったときの背景事情については研究者たちの手によりさまざまな事が明らかになっていますが、それらを記した文献等のすべてに目を通すことは現実的に困難ですし、それぞれの曲が作られた背景事情をつぶさに正確に知ることは、音楽鑑賞において必ずしも必要ではないと僕は考えています。

作曲家・指揮者として活躍された 山本直純 さんが 『 音楽で鬱が吹っとぶ本 』 ( 1984年 )という本の中で、このようなことを書かれていました。

音楽が世界共通の言葉といわれるのは、それが抽象芸術だからである。ショパンのピアノ曲 <雨だれ> は、もともとこのニックネームがあるために、聴く人はだれでもなんとなく雨の情景を思いうかべる。だが、もし < 雨だれ > という呼び名がなかったら、人によって、あるいはそのときの気分によって、あたたかい春の一日をイメージすることもあれば、真っ白い雲を感じとることもあるだろう。音楽は具体的ではないゆえに、イメージの広がりも自由自在なのだ。 ( P230 )

この箇所を読んで、音楽の素晴らしさのひとつは、こういう所なんだと思いました。音楽を鑑賞する上で最も大切なことは、その曲を聴いて自分がどう感じたか、自分がどんなイメージを抱いたか、その曲は自分にとってどんな意味を持つのか、ということだと思います。

幻想曲風ソナタ( 月光 )第1楽章が ベートーヴェン によって作られた背景事情がどのようなものであっても、この曲が僕にとって最も特別な曲であることは変わりません。

幻想曲風ソナタ( 月光 ) 第1楽章との出会いは15歳の夏に始まり、2018年9月8日(土)に銀座ヤマハホールで 志鷹美紗さん によるこの曲の生演奏が聴けたことで大きな実を結びました。これからもこの曲を大切にしていきたいと思います。

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ピアノ愛好家。特に好きな作曲家はベートーヴェン、ショパン、ジョージ・ ウィンストン。ピアニストでは志鷹美紗さんの演奏が一番好きです。田舎暮らし。読書と動物と美術鑑賞も好き。